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活動報告ブログ - 2018年11月

2018年11月27日(火)

篠山市議会 「市の名称を変更する条例」可決

本日(11月27日)開会された篠山市議会の臨時会において、「市の名称を変更する条例」が原案通り可決されました。これをもって来年5月1日の改元とともに「丹波篠山市」のスタートが決定しました。

地方自治法には、「都道府県以外の地方公共団体の名称を変更しようとするときは、この法律に特別の定めのあるものを除くほか、条例でこれを定める(第3条3項)」「地方公共団体の長は、前項の規定により当該地方公共団体の名称を変更しようとするときは、あらかじめ都道府県知事に協議しなければならない(同4項)」とあります。

これに従い酒井市長は、市の方針を決定された後、井戸知事に対して8月6日付けで協議要請をされました。

以降、住民投票の実施、酒井市長の出直し選挙、等、状況が変化していく中で知事からの返答は「住民投票の結果を待つ」こととなりました。

で、11月18日開票が行われた住民投票で、「賛成多数」と結果が出ました。これを受け、翌11月19日兵庫県知事から篠山市へ「市名変更に異議なし」との回答書が送付されました。

これにより県との協議も整い、本日の市議会臨時会において条例案も可決。ただちにその旨(平成31年5月1日丹波篠山市へ名称変更)が、篠山市から県知事に報告されました。

これ以降の地方自治法上の手続きとしては、「県知事から総務大臣への通知(第3条6項)」「総務大臣による告示(同7項)」等を経て、平成31年5月1日市名変更施行に至ります。

このブログも10月16日「酒井市長退任」の投稿から約一月ぶりの更新です。この間、海外も含め出張が連続したこと等、副議長公務の多忙さ、加えて住民投票や出直し選挙に関連する集会や会合も連夜のごとく開催され、これらへの参加、等々、ゆっくりパソコンの前に座る時間の確保が難しく、日々のブログ更新がままならなかったというのが正直なところではあります。

文字に起こしての発信は停滞しておりましたが、こと市名変更に関しては、連日その必要性を市民の皆さんに直接生の声で訴えさせていただいておりました。

また私がしなくても、市民の皆様等が様々な観点から、ネットやSNSでの情報発信も盛んに行っていただきました。

私は、市名変更に関しては、ずいぶん以前から私の主張をこのブログでもお示し、「市名について」とするカテゴリーを設け、関連投稿をまとめさせていただいておりますし、県政だより等々による問題提起もさせていただきました。このため、当ブログでは、この間市名に関しては小休止とさせていただいておりました。まあ書きたいことは山ほどありましたが・・・・

この間の公務のご報告は、おいおい日をさかのぼり追ってUPしていきたいと思いますし、住民投票や出直し選に係る検証については、私なりにしっかり分析し、まとめたのち、皆様にこのブログで紹介したいと思います。

最後にこの8月に発行しました「小西たかのり県政だより №45」に掲載しました「市名変更」に関する部分をUPさせていただきますので、ご一読下されば幸いです。

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地域創生の観点から

「賛否」ではなく、「未来に必要か否か」

篠山市はこのほど、市名を「丹波篠山市」に変更する意思決定を発表しました。この8月には臨時広報を配布し、これまでの検討経緯やその経済効果などを説明するとともに、一部の団体が住民投票の実施を求める署名活動も行っていることから、まずはその行方を見守っていく意向を示しています。

まちづくりに参画する行動には敬意を表しますが、住民投票という直接民主制で賛否を問うことは、マスコミは面白がるものの、住民間の溝を一気に深めるおそれがある一方、法的拘束力がないなどその効力は制限されています。

私たちの“いま”だけを見て、市名変更に「賛成」か、「反対」かを問うのでなく、子々孫々の未来を見すえて「必要」か、「不必要」かを考えてはいかがでしょうか。

  “なぜ、市名変更が必要なのか”。丹波篠山の表記が規制されつつある食品表示法の動き、篠山市と丹波篠山の認知度の違い、産地の事実誤認など問題は多々あり、全国で地方創生が加速されようとしている今、これらに真っ向から取り組まなければ市の今後の発展に影を落とすことになるからです。市名変更はこれらの諸問題の対応策として極めて即効性のある処方薬で、ほとんどは一定の解決が得られるでしょう。

しかし、これはゴールではありません。市名変更とは、私たちがより良く活動ができ、地域の発展に最大限の効果を発揮するための「ツール」であり、実際のところではまだスタート地点に立ったに過ぎないのです。

受け身ではダメ

市は4月、市名変更による経済効果を52億円以上と試算しました。しかし名を変えただけで何もせず、あぐらをかいていては経済効果など当然のように先細りしていきます。いま、この状況で私が危惧するのは、市名変更という分岐点を終着地と位置づけてしまい、満足して受け身の姿勢に入ってしまう人が増えてしまうことです。

そもそも市名変更の最大のねらいは、圧倒的な認知度を持つ〝丹波篠山〟の誇りと自信を取り戻すことにあります。

市名変更で丹波篠山の範囲は確定出来ます。しかし本当に重要なのはここからで、私たちの行動次第で先人たちが築いてきた丹波篠山ブランドの価値は向上することも、低下することだってあるのです。

 「らしさ」継承、発展

  では、どうすればブランドをいま以上に磨き、高めていけるのでしょうか。
「らしさ」という表現があります。例えば、「日本人らしさ」。真面目で勤勉、そして和の精神を思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。では、「丹波篠山らしさ」とは?このイメージこそ、文化であり、その地域で生きていく術(すべ)に代わるものなのです。

先ほど述べた日本人像は、じつはすべて農山村部に見られる特徴で、もちろん篠山市でもそれは色濃く、“自然豊かなふるさと”こそ日本人観の根源ではないでしょうか。都市部の生活様式が西洋化し、日本文化が影を潜める一方、ひと昔前には田舎と馬鹿にされた農山村部こそ文化的な行動様式や自然環境を変わらず保持し、「日本人らしさ」の屋台骨になり得ていると思うのです。

 “選ばれるまち”に

  この観点に立てば、すべての住民が「丹波篠山らしさ」とは何かを追求し、体現し、子々孫々に伝えていくことがいかに重要かが分かります。その行動はブランドの魅力アップにつながり、さらに地方創生が叫ばれる昨今、地域が生き残っていく術にも直結するのです。

ここでいう「ブランド」とは、農産品のみを指しているわけではありません。地域同士が魅力を高め合い、自立していく今後の社会では、まちづくりや住環境づくり、観光振興、人材育成、医療福祉などにも「丹波篠山ブランド」を冠し、それを活路としてまちを存続、繁栄させていくべきなのです。

市名変更とは、多くの人から〝選ばれるまち〟になるための仕掛けであり、地域間競争に勝つための〝スタートダッシュ〟です。そして今後は、いかに〝丹波篠山人(びと)〟を育てていくかが重要なキーワードになるのです。

 「ひとづくり」こそ

  丹波篠山ブランドを築き上げてきた先人の苦労や思いを学び、“らしさ”を共有し体現しながら誇りと自信を積み上げていく。この取り組みがさまざまな分野で展開され、根づいていけば“地域力(ブランド力)”となって私たちの生活に還元されます。つまり、今後は丹波篠山らしさを追求する「ひとづくり」こそ必要不可欠なのです。

さあ、これからが本番です。「さすがは丹波篠山だ」と評価される個性を磨き、農産物や観光のみならず、医療・介護や家族のあり方、住みよいまちづくりなど、あらゆる分野で「丹波篠山型」を全国、世界に発信していこうではありませんか。

 お国問われて 肩いからせて 俺は丹波(の)篠山だ

平成30年8月発行「小西たかのり県政だより №45」(抜粋)

 

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