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活動報告ブログ - 2018年4月

2018年04月28日(土)

市名変更意見交換会

本日、篠山市当局主催の市名変更についての意見交換会が開催されましたので、聴衆の一人として参加してきました。

会の初めに先日市が発表された「篠山市・市名変更に係る調査プロジェクトチームによる調査報告等」について報告と説明が行われ、次に市名変更に伴い想定される経済波及効果等の調査を市から委託された、(株)日本統計センターから調査手法等について説明が行われました。

その後、市名変更は「必要」とされる側、「必要ない」とされる側、双方から代表が3名、加えて、会としての考え方を表明されていない市内の6団体の代表の方6名が登壇され、意見交換が行われました。

私はあえて、一般的にこの問題で使われる「賛成派」「反対派」と言う表現はできるだけ差し控えたいと思っています。なぜならば、考え方は違っても郷土を思う気持ちに違いはないと信じるからです。また、賛成か反対かの対立軸でこの問題を扱ってしまうと「感情」が表に立ち、冷静な議論が進まなくなるのではと危惧するからです。

私の考えはこれまで通り「その必要はある」です。その理由についても、色々な手段で説明をしてきましたし、問題提起もしてきました。

本日の意見交換会で、感じたことを1つ上げさせていただき、そのことについて私の考えを記させていただきます。

それは、「必要ない」とされる理由の1つに「丹波と言うのは田舎くさい」と、ある意味思いを込めて発言されたことです。

このことは、篠山に生まれ育った者ならよく理解できることです。私も十二分にそのお気持ちは理解でき、共感するところもあります。

ひと昔前、「丹波篠山」は田舎の代名詞でした。「イノシシが町中を走っている」「信号機もない」と小ばかにされ悔しい思いをしたことがある方も多いと思います。私もむかし、「よそ行きの服」を着て、「よそ行きの靴」を履き、神戸や大阪に出た時などに経験したことがあります。また、それを逆手に自虐ネタにしたことも正直ありました。

「田舎くさい」この価値観こそが、「向都離村」の礎であったと思います。私たちの世代以前のほとんどの人は、「こんな田舎におったらあかん」「こんな田舎で農業しとっても、商売しとってもあかん」と言われたことがあると思います。

そう言われながらも「跡継ぎだから」とこの地に残らざるを得なかった人(宿命的土着人とも言われます)も多いでしょう。

「田舎くさい」と言われながらも、宿命的にこの地に残り生きてきた人々は、そのイメージ払しょくのため努力を積み重ねてこられました。

そのおかげで、都会に住む孫やいとこも怖がった、ボットン便所もほぼなくなりました。大阪まで2時間半もかかっていた汽車も電車になりました。インターネットでなんでも買え、物流も発達し、子供も大人も「特別なおしゃれ着」はあっても「よそ行きの服」はなくなりました。

それとともに、社会の価値観も変わってきました。この流れに沿って、「丹波篠山」のイメージも随分変わってきました。同時に、篠山の持つポテンシャルが「丹波」のイメージも変えてきました。

新たな価値観の広がりで、この地を訪ねてくれる人もずいぶん増えました。さらにその効果で、小さい商店も“働く場”となる可能性や、田んぼ畑も“働く場”になりつつあります。「郷土を愛する気持ちを養う」教育も進んでいます。「こんな田舎で農業しとっても、商売しとってもあかん」から、「やり方次第」の可能性ある地域になりました。

宿命的土着民としてこの地に残った私達こそが、田舎の代名詞から脱却しなければなりません。加えて、自らの意志で可能性を見出し、この地を選ぶ選択的土着民を増やす努力をし続けなければなりません。

市の名前がどうなろうと、篠山は「丹波國」とは切っても切り離せません。氷上郡が合併し「丹波市」を名乗ったとき、商工会やJCでともにまちづくりに汗を流していた多くの氷上郡の同世代は「田舎くさい名前にされた」と愚痴をこぼしていましたが、あれから10年そこそこで、今や「丹波」の市名に自信と誇りを持っています。

京都府側もふくめ丹波國のなかの各々基礎自治体が“丹波”にまず誇りを持ち、ともに切磋琢磨しながらも連携して行かなければ、「篠山」の行く末も危ぶまれます。

その中での「丹波篠山」です。

こんな笑い話があります。修学旅行生がある土産物屋で「その、のりきゅう饅頭をください」と言ったそうな。その店には『のりきゅう饅頭』という饅頭は無く、漢字で「利休饅頭」と書いてあったそうな。

学校では、「千利休」と書いて「せん の りきゅう」と教わります。「小野妹子」とかいて「おの の いもこ」と教わります。子供心に、「の」はどこに行ったんだ、と不思議に思われた方も多いと思います。

名前連想で「千と言えば」と聞かれると、北国の春の千昌夫を思い出しますが、「千の 言えば」と聞かれると「利休」が出てきます。「小野と言えば」と聞かれると色々ありますが、「小野の と言えば」となると「小野妹子」が出てきます。

篠山市の観光キャッチフレーズは「俺は丹波篠山だ」です。私たちはこれまでから「丹波と言えば」と聞かれても「丹波のと言えば」と聞かれれても、「篠山」が出てくる努力を積み重ねてきました。

「丹波篠山」は今大きく変わろうとしています。

「丹波篠山」は「丹波(の)篠山」であって、「丹波(市)」と「篠山(市)」ではないのです。
市名変更とは、“篠山市”に“丹波”を冠する「丹波+篠山市」ではなく、“丹波篠山”の名誉に回帰し「丹波篠山+市」として、まちづくりを進める重要なツールなのです。

“市名変更意見交換会” への1件のコメント

  1. 谷掛 八千久 より:

    市名変更が必要です。

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